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次々と金字塔を立ててゆくこの若者には、どれほど口を極めても賛美の言葉が追い付かない。
将棋の八大タイトルのうち4つを持つ藤井聡太棋聖が12日、王将戦七番勝負で渡辺明王将(名人、棋王)を4連勝で破り、5冠となった。
19歳6カ月での5冠達成は、羽生善治九段の22歳10カ月を大きく更新する最年少記録だ。
今回の王将戦では切れ味鋭い終盤の指し手もさることながら、第1局で見せた常識を覆す序盤の一手がファンを驚かせ、プロ棋士を刮目(かつもく)させた。人工知能(AI)搭載のソフトを活用した研究成果との見方もあるが、何よりも探求心をたたえるべきだろう。その一手に価値を見いだす感性と大舞台で試す胆力にも、頭が下がる。
藤井棋聖には、新手の模索や新定跡の開拓を通して、盤上の可能性をさらに広げてもらいたい。
王将獲得の翌13日、報道陣から自身の実力は富士山の何合目かと問われ、「『森林限界(高木が育たなくなる限界高度)』の手前というか、まだまだ上の方には行けていない」と思いもよらぬ言葉を用いて即答したという。
棋士としても、一人の大人としても、余人が及ばぬ領域で研鑽(けんさん)に励んでいることがうかがえる。
歴代の5冠達成者は、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人、羽生九段の3人しかいない。いずれも一時代を築いた偉大な棋士たちだ。その一人である羽生九段は名人位への挑戦権を争うA級順位戦から陥落が決まり、B級1組の藤井棋聖はA級入りまであと1勝としている。棋界の「新時代」を物語る出来事だろう。
本年度の藤井棋聖は2度の防衛戦と3度の挑戦があり、トップ棋士との対局が続いた。その中で年度勝率、通算勝率とも8割を超えていることに驚く。これまでに登場した7度のタイトル戦では25勝4敗と圧倒的な強さを見せ、全て奪取や防衛に成功している。
5冠達成については「出来過ぎの結果」と低姿勢だが、数字を見るかぎり、五番勝負や七番勝負で負け越して失冠する姿は想像し難い。8冠独占が現実味を帯びている。前例のない挑戦を通じて、ファンを楽しませてほしい。
その一方で、渡辺名人らベテランや20代の若手にも奮起を促したい。盤上の可能性は、藤井棋聖一人のものではないはずだ。
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2022年2月15日付産経新聞【主張】を転載しています